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「このままじゃ続かない」そう思った現場の夜…
「この働き方を続けていけるのか…」 そう感じたのは、施工管理として働いていた頃。 最初の現場では深夜2時までの業務が当たり前。 それでも新卒で入社した会社だからと、自分を奮い立たせて働き続けていました。 しかし、次の現場ではさらに状況が悪化。朝の5時まで作業が続く日々。 「さすがに無理かもしれない」 そう感じた瞬間、初めて“働き方”を見直す決断をしました。 それでも「現場の仕事」は嫌いじゃなかった 一方で、不思議と仕事自体が嫌いになったわけではありませんでした。 現場では、職人や仲間と協力しながらひとつのものを作り上げていく達成感がありました。 「やっぱり現場の仕事は好きだな」 そう思える自分がいたからこそ、完全に異なる道ではなく、 “別の形で現場に関わる仕事”を模索することになります。 一度離れて気づいた「自分に合う働き方」 その後、接客業へ転職。 フェリーの予約対応や窓口業務、積み込み対応など、人と関わる仕事にもやりがいは感じていました。 ただ、どこかでこう感じていました。 「せっかく転職するなら、やっぱり自分に合った仕事を選びたい」...


「営業は向いているはずなのに、なぜか続かない」 営業として悩み続けた30代男性が“電気・通信工事の仕事”にたどり着いた理由
「人と話すのは好き。 営業も嫌いじゃない。それでも、なぜか続かない――」 そんな違和感を抱えながら、転職を繰り返していた30代前半の男性。 豊富な営業経験を持ち、周囲からも「営業向き」と言われ、実際にお客様から感謝されることも多い。 それでも、結果は続かない。 そんな彼が最終的に選んだのは、 防犯カメラや電話などを扱う“電気・通信工事の仕事”でした。 営業ではなく、“手に職”の技術職。 一見すると真逆の選択にも思えますが―― この選択こそが、これまで抱えていた違和感を解消する転機となります。 「向いている」はずなのに、うまくいかない これまでのキャリアは一貫して“人と関わる仕事” 一貫して 「人と関わる仕事」 に携わりながら、 営業職を中心 に経験を積んできました。 ■これまでのキャリア(抜粋) ・ガス機器の販売・設置(訪問営業/約6ヶ月) └ 住宅訪問を中心に顧客対応を担当し、関係構築力を培う ・医療機器の営業・手術立ち会い補助(約1ヶ月) └ 高い専門性と責任が求められる現場を経験 ・訪問型のスマホ・PCサポート(個人事業/約3


接客が合わなかった私が選んだ道 ―現場仕事に戻って見つけた「無理をしない働き方」―
無理をやめて、もう一度自分に合う仕事へ 「この仕事、続けていけるのだろうか」 安定していると言われる仕事でも、ふとそんな不安を感じたことはありませんか。 今回は、 介護職から経験のある製造業へと再び 転職し、 無理をしない働き方を選んだ方の事例をご紹介します。 安定を求めて選んだ介護職。でも感じた違和感 これまで物流や印刷オペレーターなど、現場仕事を中心に経験を積んできた今回のご相談者様。 ご家族のことも考え、 「長く安定して働ける仕事」として選んだのが介護職でした。 体を動かす仕事には適性を感じており、 「自分にもできるはず」 と思っての挑戦でした。 しかし、実際に働き始めてみると、想像していた仕事とは大きなギャップがありました。 接客の要素が強く、これまでの職場と異なり女性も多く社内外問わず常に気を遣う環境。これまでとはまったく異なる人間関係の中での働き方。 そして、介護特有の排泄物の処理など、自分には想像以上に負担の大きい業務。 「なんとなく合っていない」 そう感じていた違和感は、次第に確信へと変わっていきました。 体調を崩したことで気づい


「この仕事でいいのか分からない」から抜け出せた理由 ― 施工管理×介護経験が“誰かの生活を支える仕事”につながった転職ストーリー(千葉県市原市)―
「このままでいいのか分からない」 ——そんな不安から始まった転職活動 「自分に合う仕事って、結局なんだろう」 これまで 現場作業 や 施工管理 、 介護 と、さまざまな仕事を経験してきた中で、共通して感じていたのは 「人と関わる仕事が好き」 という想いでした。 一方で、前職の施工管理では仕事内容そのものにはやりがいを感じていたものの、職場環境による負担が徐々に大きくなり、体調にも影響が出るように。 無理をせず一度立ち止まる決断をし、療養期間を経て再び就職活動へ。 しかし—— 「自分に合う仕事はこれでいいのか」「また同じ失敗をしないだろうか」 そんな不安を抱えたまま、転職活動は思うように進みませんでした。 「仕事は好きだった」——でも続けられなかった理由 施工管理として働いていた頃、 最もやりがいを感じていたのは、現場とお客様の間に立ち、スムーズに工事を進めていく役割でした。 特に印象に残っているのは、工事前の住民対応。 「いつ、どのくらいの期間で工事が行われるのか」 「生活にどの程度影響が出るのか」 そうした不安を抱える方に対して、...


「また辞めてしまうかも…」そんな不安を抱えていた30代女性が「工場の正社員」を選んだ理由とは
「また続かなかったらどうしよう」 仕事を探すたびに、そんな不安が頭をよぎる。 これまで何度も転職を経験する中で、 続ける自信が持てない という思いから、 正社員として責任を持つ働き方に踏み出せず、 いつでも離れられる環境を選ぶことで、自分を守ろうとしてきた―― そんなこれまでの選択がありました。 今回ご紹介するのは、そうした思いを抱えながら派遣社員での就業を選択してきた 女性の転職事例 です。 彼女が最終的に選んだのは、 モーターのメンテナンスを行う工場の正社員という働き方 でした。 接客ではなく、現場で手を動かしながら働く仕事。これまでの経験や悩みを整理したうえでの選択でした。 「辞めたくなる自分」がずっとあった これまでのキャリアは決して少なくありません。 ■これまでのキャリア(抜粋) ・介護スタッフ(約8年) └ 入居者対応や身体介助を担当 ・職業訓練校でCADを習得(約6ヶ月) ・CAD職(約4ヶ月) ・工場派遣(約6年) ・工場勤務(直近) └ 製品の組立、検査、分解作業を担当 一見するとまとまりのないキャリアに見えますが、その


「介護しかない」と思っていた。でも本当に向いていたのは“作る仕事”だった。――野田(千葉)で見つけた、新しいキャリアのかたち
「このまま続けていけるのだろうか」 そう感じながら働いている人は、少なくありません。 今回ご紹介するのは、 介護職から製造業へ転身を決めたAさん(仮名/20代男性・野田市)のストーリーです。 ■母の影響で始めた介護職 Aさんが介護の道を選んだ理由は、お母様の存在でした。 「母も介護職で、身近な仕事だったので自然と選びました」 夜勤専従としてスタートし、3名で50名を担当する現場で責任ある業務を担ってきました。 細かな作業も多く、おむつ交換をきれいに仕上げられたときは達成感もあったといいます。 もともと丁寧な作業が好きで、ミスなく完璧にやり遂げられたときや、決められたことをきちんと最後までやり切れたときに、強いやりがいを感じるタイプでした。 一つひとつの工程を正確にこなすこと。 その姿勢は、後に“ものづくり”へとつながっていく資質でもありました。 しかし転機は、正社員になってから。 日勤・早番・遅番・夜勤とシフトが不規則に変わり 、徐々に生活リズムが崩れていきました。 夜勤明けでも十分に休めない日が続き、体調面での難しさを感じるようになります。..


誰もが知る安定企業から、それでも彼女が“次の成長”を選んだ理由
「今の会社に不満はないんです。でも、このままでいいのかなって思って…」 そう話してくれたのは、24歳の女性でした。 高校卒業後、関東圏の誰もが知る食品メーカーに入社。約6年間、製造ラインのオペレーターとして勤務してきました。 ►正社員 ►安定企業 ►年収は約400万円以上 周囲から見れば、順調なキャリアです。 それでも彼女は、転職を選びました。 ■6年間、現場を支え続けた若き中核 彼女が担っていたのは、単なるライン作業ではありません。 ・機械の設定値管理 ・生産ラインの安定稼働 ・製品状態の確認 ・パートスタッフへの指示出し 特に任されていたのは、温度や湿度で変化する原材料の微調整でした。 わずかな違いを察知し、設定値を修正する。その調整ひとつで、ラインの安定度が変わる。 派手な成果ではありません。 しかし、製造現場にとって欠かせない存在でした。 ■「特別な強みがない」と話した彼女 初回面談で彼女は、少し遠慮がちに言いました。 「特別なスキルはないと思います」 ですがヒアリングを重ねる中で、明確になったのは―― ✔ 微細な変化に気づく観察力 ✔


「このままでいいのか」と悩んだ若手製造オペレーターが選んだ【安心できる職場】 🏭 地元・香取市での精密金属加工メーカーで見つけた、安心して働ける可能性
「モノづくり好きなんです。でも、このままでいいのかなって思っていました。」 そう話してくれたのは、千葉県香取市在住のAさん(20代)。 高校を卒業後、新卒で地元の製造会社へ入社し、金属部品の加工業務に携わってきました。 入社2年目には6台の機械を任され、生産工程を組み立てながら製造を担当。午前中は機械加工、午後は出荷補助や検品、梱包まで対応する日々でした。 朝礼の時点でその日の工程を頭の中で組み立て、材料や注文状況を見ながら機械を止めないように工夫する。 着実に力をつけてきた実感はありました。 けれど、その一方で―― 心のどこかにずっと残っていた違和感がありました。 フォークリフトの免許を取得させてもらえないまま乗務。 パレットの上に人を乗せる行為が当たり前のように行われる現場。 「社会通念と照らしても、これは本当に安全なのだろうか。」 新卒で入社した会社。 簡単に辞めるという選択はできませんでしたが、“健康で長く働ける環境なのか”という疑問は、少しずつ大きくなっていきました。 ■面談で少しずつ整理された“本当の転職軸” 初回面談でAさんが口にし


~「やりきった」その先へ~ 40代女性・管理栄養士が食品メーカーの製造職へ挑戦した理由
「今の仕事に不満があるわけではない。でも、このままでいいのだろうか。」 そう感じていたのは、千葉県成田市在住、40代女性のAさんです。 大学卒業後、管理栄養士としてキャリアをスタート。給食委託会社で現場経験を積んだ後、特別養護老人ホームへ転職。 以来、約20年近くにわたり、同施設で勤務を続けてきました。 ■ 管理栄養士1名体制という重責 Aさんが勤めていた施設では、管理栄養士は1名のみ。 利用者様の栄養管理はもちろん、食事提供を担う委託会社との連携、施設内の調整業務まで幅広く担当していました。 利用者様の健康を守る責任を、 女性として、母として、そして専門職として一身に背負ってきた年月。 「自分の判断が利用者様の健康に直結する」 その緊張感の中で、日々真摯に業務へ向き合ってきました。 そのプレッシャーは決して小さくありません。 それでもAさんは学びを止めませんでした。 栄養士会の研修や勉強会へ積極的に参加し、常に専門性を高め続けてきたのです。 ■ 20年という節目 転職の理由は、不満ではありませんでした。 約20年という年月の中で、...


地元千葉へのUターン転職で収入アップ※年収400万円→450万円
■求職者プロフィール・お悩み 20代後半の男性。 高校卒業後は約10年間、内装業や建設業・土木分野の現場業務に従事されていました。 ご家庭の事情により、地元である千葉県への転居が決定。これを機に、これまで経験してきた現場職とは異なる分野へのキャリアチェンジを検討されていました。将来的には営業職など、自身の努力や成果が正当に評価される環境で成長し、収入アップを目指したいという強い想いをお持ちでした。「家族を安心して養っていける安定した生活基盤を築きたい」「年齢を重ねても活躍できるキャリアを形成したい」という将来を見据えた転職を希望されていました。 ■キャリアアドバイザーの介入 当初、求職者は営業職などの未経験ホワイトカラー職を希望されていたため、まずはその意向を尊重しながら丁寧なカウンセリングを実施 しました。 ヒアリングを進める中で、学生時代にチームスポーツの経験があり、声を掛け合いながら仲間と協力して成果を出すことに長けている点が判明。 また、 会話力が高く人と接することが得意な一方、現場経験で培った手先の器用さや丁寧さも併せ持っている...


「正社員として、もう一度やり直したい」
――28歳・飲食から物流倉庫正社員への転職―― 「正社員として安定したキャリアを築きたい」 そう思いながらも、なかなか一歩を踏み出せずにいたのが、28歳のAさん(仮名)です。 飲食業界からキャリアをスタートし、その後は派遣やアルバイトを転々とする期間が続いていました。 今回は転職回数の多さという不利な状況を、キャリアアドバイザーの介入によって乗り越えた転職成功事例をご紹介します。 ■ これまでのキャリア Aさんは高校卒業後、某有名中華料理チェーン店に正社員として入社。 3年の間でご経験してきた業務内容は「接客、仕込み・調理、店舗運営に関わる業務全般」 もともとお母様と二人暮らしをされており、「自分の作った料理を美味しいと言ってもらえたこと」が飲食業界を志したきっかけでした。 ■ 「点々」としてしまった20代前半〜後半 その後「休みが取りづらい勤務体系、給与面への将来不安」という理由から退職を決断されます。 退職後は派遣・アルバイトとして、飲食店・物流倉庫作業に従事。お仕事の合間にIT業界への挑戦を目指しパソコン教室に通うなど、さまざまな経験をされ


人を支える仕事から、“社会を支える製造の仕事”へ
――30歳・異業種キャリアから医薬品製造職への転職―― 「自分に向いている仕事が分からない」 「このまま今の仕事を続けていいのか不安」 そんな悩みを抱えながら転職相談に来られたのが、30歳のAさん(仮名)です。 介護・児童福祉・事務と幅広い経験を積まれてきたAさんですが、最終的に選ばれたのは医薬品製造職という全く新しいフィールドでした。 今回は、転職エージェント(キャリアアドバイザー)がどのように介入し、本人も気づいていなかった「適性」と「価値観」を整理することで、転職成功に導いたのかをご紹介します。 ■ これまでのキャリア Aさんはこれまで、以下のようなキャリアを歩んでこられました。 ・介護職(約2年) ・放課後児童クラブ職員(約4年/主任として運営・管理も担当) ・保育園事務(短期離職) ・放課後児童クラブ(約1年・再入職) 介護職では利用者の生活支援全般を担当。 その後、放課後児童クラブでは子どもたちへの支援に加え、主任として職員への指示出し、育成、保護者対応やクレーム対応まで幅広く担っておられました。 「ホワイトカラー職に挑戦したい!」と


「近さ」だけの転職から、“家族も自分も納得できる仕事”へ
――30歳・サービス/WEB経験を活かした物流業界への転職―― 「とにかく家から近いところで働きたい」 最初の面談で、そう話してくれたのが30歳のAさん(仮名)でした。 業界や職種への強いこだわりはなく、一見すると“軸が定まっていない転職”に見えたAさん。 しかし、キャリアアドバイザーが丁寧にヒアリングを重ねることで、本人も言語化できていなかった 「本当の転職理由」 が見えてきました。 ■ これまでのキャリア Aさんはこれまで、複数の業界で経験を積まれてきました。 ・居酒屋店長(約6年) ・接客対応 ・アルバイト採用・育成 ・予約管理・売上管理など店舗運営全般 その後、コロナ禍の影響により店舗が閉店し、 ・グローバルに展開する大手物流企業の倉庫でのピッキング作業 ・飲食店のホールスタッフ・店舗責任者(約1年) ・広告代理店にてWEBサイト運営 L 記事執筆 L データ分析、改善 L サブリーダーとして人材育成 と、生活を安定させるため模索しながらキャリアを重ねてこられました。 ■ 転職を意識した本当のきっかけ 結婚・出産を機に、Aさんの中で
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