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「介護しかない」と思っていた。でも本当に向いていたのは“作る仕事”だった。――野田(千葉)で見つけた、新しいキャリアのかたち
「このまま続けていけるのだろうか」 そう感じながら働いている人は、少なくありません。 今回ご紹介するのは、 介護職から製造業へ転身を決めたAさん(仮名/20代男性・野田市)のストーリーです。 ■母の影響で始めた介護職 Aさんが介護の道を選んだ理由は、お母様の存在でした。 「母も介護職で、身近な仕事だったので自然と選びました」 夜勤専従としてスタートし、3名で50名を担当する現場で責任ある業務を担ってきました。 細かな作業も多く、おむつ交換をきれいに仕上げられたときは達成感もあったといいます。 もともと丁寧な作業が好きで、ミスなく完璧にやり遂げられたときや、決められたことをきちんと最後までやり切れたときに、強いやりがいを感じるタイプでした。 一つひとつの工程を正確にこなすこと。 その姿勢は、後に“ものづくり”へとつながっていく資質でもありました。 しかし転機は、正社員になってから。 日勤・早番・遅番・夜勤とシフトが不規則に変わり 、徐々に生活リズムが崩れていきました。 夜勤明けでも十分に休めない日が続き、体調面での難しさを感じるようになります。..


誰もが知る安定企業から、それでも彼女が“次の成長”を選んだ理由
「今の会社に不満はないんです。でも、このままでいいのかなって思って…」 そう話してくれたのは、24歳の女性でした。 高校卒業後、関東圏の誰もが知る食品メーカーに入社。約6年間、製造ラインのオペレーターとして勤務してきました。 ►正社員 ►安定企業 ►年収は約400万円以上 周囲から見れば、順調なキャリアです。 それでも彼女は、転職を選びました。 ■6年間、現場を支え続けた若き中核 彼女が担っていたのは、単なるライン作業ではありません。 ・機械の設定値管理 ・生産ラインの安定稼働 ・製品状態の確認 ・パートスタッフへの指示出し 特に任されていたのは、温度や湿度で変化する原材料の微調整でした。 わずかな違いを察知し、設定値を修正する。その調整ひとつで、ラインの安定度が変わる。 派手な成果ではありません。 しかし、製造現場にとって欠かせない存在でした。 ■「特別な強みがない」と話した彼女 初回面談で彼女は、少し遠慮がちに言いました。 「特別なスキルはないと思います」 ですがヒアリングを重ねる中で、明確になったのは―― ✔ 微細な変化に気づく観察力 ✔


「このままでいいのか」と悩んだ若手製造オペレーターが選んだ【安心できる職場】 🏭 地元・香取市での精密金属加工メーカーで見つけた、安心して働ける可能性
「モノづくり好きなんです。でも、このままでいいのかなって思っていました。」 そう話してくれたのは、千葉県香取市在住のAさん(20代)。 高校を卒業後、新卒で地元の製造会社へ入社し、金属部品の加工業務に携わってきました。 入社2年目には6台の機械を任され、生産工程を組み立てながら製造を担当。午前中は機械加工、午後は出荷補助や検品、梱包まで対応する日々でした。 朝礼の時点でその日の工程を頭の中で組み立て、材料や注文状況を見ながら機械を止めないように工夫する。 着実に力をつけてきた実感はありました。 けれど、その一方で―― 心のどこかにずっと残っていた違和感がありました。 フォークリフトの免許を取得させてもらえないまま乗務。 パレットの上に人を乗せる行為が当たり前のように行われる現場。 「社会通念と照らしても、これは本当に安全なのだろうか。」 新卒で入社した会社。 簡単に辞めるという選択はできませんでしたが、“健康で長く働ける環境なのか”という疑問は、少しずつ大きくなっていきました。 ■面談で少しずつ整理された“本当の転職軸” 初回面談でAさんが口にし


~「やりきった」その先へ~ 40代女性・管理栄養士が食品メーカーの製造職へ挑戦した理由
「今の仕事に不満があるわけではない。でも、このままでいいのだろうか。」 そう感じていたのは、千葉県成田市在住、40代女性のAさんです。 大学卒業後、管理栄養士としてキャリアをスタート。給食委託会社で現場経験を積んだ後、特別養護老人ホームへ転職。 以来、約20年近くにわたり、同施設で勤務を続けてきました。 ■ 管理栄養士1名体制という重責 Aさんが勤めていた施設では、管理栄養士は1名のみ。 利用者様の栄養管理はもちろん、食事提供を担う委託会社との連携、施設内の調整業務まで幅広く担当していました。 利用者様の健康を守る責任を、 女性として、母として、そして専門職として一身に背負ってきた年月。 「自分の判断が利用者様の健康に直結する」 その緊張感の中で、日々真摯に業務へ向き合ってきました。 そのプレッシャーは決して小さくありません。 それでもAさんは学びを止めませんでした。 栄養士会の研修や勉強会へ積極的に参加し、常に専門性を高め続けてきたのです。 ■ 20年という節目 転職の理由は、不満ではありませんでした。 約20年という年月の中で、...


人を支える仕事から、“社会を支える製造の仕事”へ
――30歳・異業種キャリアから医薬品製造職への転職―― 「自分に向いている仕事が分からない」 「このまま今の仕事を続けていいのか不安」 そんな悩みを抱えながら転職相談に来られたのが、30歳のAさん(仮名)です。 介護・児童福祉・事務と幅広い経験を積まれてきたAさんですが、最終的に選ばれたのは医薬品製造職という全く新しいフィールドでした。 今回は、転職エージェント(キャリアアドバイザー)がどのように介入し、本人も気づいていなかった「適性」と「価値観」を整理することで、転職成功に導いたのかをご紹介します。 ■ これまでのキャリア Aさんはこれまで、以下のようなキャリアを歩んでこられました。 ・介護職(約2年) ・放課後児童クラブ職員(約4年/主任として運営・管理も担当) ・保育園事務(短期離職) ・放課後児童クラブ(約1年・再入職) 介護職では利用者の生活支援全般を担当。 その後、放課後児童クラブでは子どもたちへの支援に加え、主任として職員への指示出し、育成、保護者対応やクレーム対応まで幅広く担っておられました。 「ホワイトカラー職に挑戦したい!」と


施工管理の経験を“ものづくり”に転換。未経験から製造職へのキャリアチェンジ
◆求職者プロフィール 20代前半・男性 新卒で土木施工管理職として入社し、主に道路工事を担当。 完成した道路を目にした際の達成感や、社会インフラを支えるやりがいを感じながら勤務していました。 一方で、教育体制や成長環境に対する不安が徐々に大きくなり、「このまま同じ環境で働き続けてよいのか」という疑問を抱くようになりました。 下請け企業の担当者との何気ない会話をきっかけに、世の中には多様な仕事があることを改めて認識し、「より自分に合った、やりがいのある仕事に挑戦したい」と考え、転職活動を開始しました。 ◆ご転職企業 本社:岐阜県 勤務地:千葉県市原市 有機溶剤の再資源化を軸に、精製リサイクルおよび環境関連事業を展開する資源循環型企業。 ◆ご内定されたお仕事内容について 製造オペレーター 有機溶剤の蒸留精製プラントにおけるオペレーション業務を担当。 タンクへの原料投入や前処理工程の管理、工程データの分析による品質チェックなど、安全かつ効率的な生産体制を支える役割を担います。 ◆キャリアアドバイザーとの面談で見えてきた「新たな気づき」...
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